二学期が始まった。自転車を駐輪場に停めて、校舎の脇を歩いていると、校庭への入り口に、生徒会選挙のポスターを貼る立看板ができていた。早速、小山内のポスターが貼ってある。その横には御門正之───知らない奴だ───が、生徒会長に立候補していた。ジャミーズっぽいキメ顔の小山内と違って、真面目そうな眼鏡の男だった。立ち止まって眺めた。
 ───背後に誰かの気配。
 死神の仕事を始めてから、人の気配に敏感になっていた。霊が見えるようになったからだろうか。振り返ると、梶沙都莉が「や、八神くんも会長に立候補する…?」と言ってニヤッと笑った。いつのまに近づいたんだ?……怖い。
「今の八神くんのオーラなら、会長になれるよ」
「またそんな事…」肩の力が抜けた。
「俺は忙しいんだ。生徒会なんてやってる暇ないの」
「ふうん…」
 とにかく関わるのはよそう、と僕は歩き出した。後をついて来る。「まだ用があるの?」と振り向くと「下駄箱一緒じゃない」と言われ、脱力した。靴を履き替えて、僕は階段を昇っていく友部を見つけて呼び止め、走った。梶から離れたかっただけだ。
「おはよう。考えてくれたか、例のこと」
「うん。考えたけど、バスケ部には戻らないよ。バイトしなくちゃいけないし、受験勉強も本腰入れないとやばいんだ。せっかく誘ってくれたのに、ごめん」
「そうか。おまえ、一人なんだもんな。こっちこそ悪かったな、考え足らずで」
「いやいや、本当に…嬉しかったんだ、戻って来いって言われたのは」
 階段を昇りながら話した。
 誰かに必要とされる事。それはやりがいのある事だ。
 ただ、今の僕の生活で優先順位をつけたら、自活と受験が最優先だっただけだ。
 死神の仕事は───あれから、トイレでお告げはなかった。おかげでバイトに集中できたけど───いつまた降ってくるかわからない。気を抜けないな、と思った。
 教室に入ると、黒板にアタック25のパネルみたいな、四角に番号を振った図が書いてあり、教卓にクジを引く箱があった。恒例の席替えのクジだ。僕は迷いもなく手に触れた一枚を引き抜いて、番号を見た。窓際の列の一番後ろ。「ラッキー」と呟いて席に着くと、隣は飯綱だ。「おはよう飯綱さん、よろしく」と挨拶すると、鋭い目つきで───ただのつり目だとわかっているが───「よろしく」と言う語調が冷たい気がした。
 いや、それは飯綱和歌子がそういうキャラなだけで……と思っていると、飯綱の前の席に鞄を置いたのは梶沙都莉だった。挨拶はない。これから掃除などの班で一緒になるのだが、まさか梶とは。クールキャラの飯綱と不気味キャラの梶、二学期は先が思いやられそうだ、と思った時、「なんだ、八神と一緒か」と前の席に着いたのは友部だった。「お、よろしく」と答えながら、友部がトイレの神よりありがたく見えた。
 佳純は、と見ると、廊下側の列の一番前。対角線、と思うとがっかりした。
 まもなく体育館で始業式が行われる。友部と一緒に教室を出た。友部は隣の梶が気になるのか、「なあ、梶ってどんな奴だっけ」と訊いた。僕は、オーラが見える不思議ちゃん、とは言えず、「あー…、わかんない奴だよね」と曖昧に答えた。実際、『わかんない奴』で正解だった。僕のオーラが『玉虫色』でなければ、話しかけて来ることはなかっただろう。
 始業式では校長の挨拶の後、教頭から諸連絡があり、次いで生徒会選挙管理委員会からのお知らせだった。
 立候補は一週間後まで受け付ける事、選挙は二週間後。候補者の演説はその前日の放課後、各教室のテレビで放送されるのでなるべく見るように。見なくても構わない訳だ。僕はバイトの時間に間に合うかな…と、ぼんやり考えた。生活がかかっている。遅刻は許されない。
 始業式が済んで教室に戻ると、後は簡単なホームルームだ。八幡先生の予告通り、進路志望調査票が配られた。「来週までじっくり考えて出してくれ」と言われた。
 ───相当頑張らないと、国立は無理だな……
 気が重くなった。
 そして気がつくと、もうホームルームは終わっていて、皆がガタガタと立ち上がる音でハッとした。慌てて立ち上がり、礼をして八幡先生が出て行くと、飯綱が「八神くん、ちょっと」と声をかけてきた。
「何?」
「こっち来て」と歩き出すのについて行った。佳純の席だ。
 佳純は「陽…」と言いかけて、頬を染めて「八神くん」と言い直した。あ、飯綱の前で名前呼びは恥ずかしい訳だね、と内心可笑しかった。
「私、考えたんだけど…八神くんのバイトの時間まで、放課後…一緒に勉強できないかなって…」
 飯綱がその続きを言った。
「八神くんの成績じゃ、受験も厳しいでしょ。佳純に教えてもらえば?佳純も自分の勉強にもなるし、」
と、不意に声を小さく絞った。
「デートする時間もないでしょ」
 今度は飯綱が神に見えた。
「…佳純…あ、いや、天ヶ瀬さんがそれで良ければ…」
 僕も顔が熱くなるのがわかった。飯綱が「決まりね」と言うと、「じゃあ、明日から…八神くんの家で…」と佳純が真っ赤になった。僕は「ちょっと待って、」と両手を振った。
 男の一人暮らしの家に女の子を呼ぶなんて、絶対ダメだ。
 佳純と二人きりにはなりたいけど───理性を保つ自信がない。
「図書室。図書室でいいかな」
「…八神くんがその方がいいなら…」と、佳純はちょっと俯き、上目遣いで僕を見た。
 あ、拗ねてるな…と思った。僕と二人になりたいって事?───どきんとして佳純から目を逸らした。
「じゃ、そういう事で。明日からよろしく」と頭を下げて教室を飛び出した。そのままトイレに駆け込み、個室に入って鍵を閉めると、心臓がバクバク言ってるのがわかった。
 危ねえ……俺の理性、セーフ。
 ふわり、と紙が落ちて来た。今?よりによって今?と紙をつかまえた。
『梶沙都莉に気をつけろ』と書いてあった。
「どういう意味?」と天井に尋ねる。
『今後の梶沙都莉の行動次第で、本人の寿命が変わる恐れがある。おまえが救え』
「梶を天界に送るって事…?」
『そうなるかもしれんし、ならないかもしれん。それはおまえ次第だ』
 次にはらりと落ちて来たのは、手のひらに収まる小さくて細長い紙だった。達筆すぎて読めない。
『札を授ける。身守りに持っていろ。それだけは流すな。梶沙都莉を注意深く見ていろ。これ以上言える事はない』
 梶の身に何かが起こるって事か───お札を胸ポケットに入れて、紙を流し、教室に戻った。佳純は選管委員会に行ったようだ。梶の姿もなかった。───そろそろバイトに行かなきゃ。僕は仕方なく、梶の件は見送りだな…と思った。




 少しでも金を稼ごうと、今日は早くにバイトに入ったが、明日からは六時から十時までのシフトで入る。勉強する時間の確保……放課後はそれまで佳純と二人になれる。と言っても図書室で、他にも人はいるのだが、その方が勉強に身が入るだろうと思った。二人きりになったら、「……ねえ、」と自転車に話しかけてしまった。誰も見てなかったよな、と辺りを見回して、誰もいない事にホッとした。そうして今、僕はコンビニの制服シャツを着てレジに立っていた。
 結構、礼冠の生徒が来るんだな……おやつなのか、唐揚げやコロッケを買う男子や、スイーツを買う女子が多かった。
 棚の向こうからこちらを窺う生徒は、「あれが車に跳ねられて飛んでった人」と噂し合っているのが聞こえた。
 もうやめてくれ、その話題。
 顔には出さずに淡々と接客した。堂々と、「八神くん?」と訊いて来る女子もいた。「そうだけど」と答えると、連れの女子と「わあ、本物だ」とはしゃぎ───偽物がいるのか?───「ファンです。バイト頑張ってください」と言い、キャーという悲鳴を残して去って行った。
「八神くん、モテるんだね」と店長も驚いていた。
「珍獣と同じ扱いですよ」
 僕は溜息をついて、「すみません、騒がしくして」と謝った。
「いや、礼冠の生徒の客が増えていいよ」
「明日からなら減ると思いますから」
 バイト先を学校の近くにしたのがまずかったかな……でも勉強時間も作らなきゃいけないし、移動での時間のロスは避けたかった。今日は途中休憩で売れ残りの弁当で夕飯を済ませ、十時まで働いた。夏休み中は一日入っていたので、だいぶ仕事にも慣れた気がする。商品の陳列、レジ、公共料金の振り込みや荷物預かりの対応など。わからない時はすぐに先輩に訊いた。時間帯により大学生だったりパートのおばさんだったり。職場の人たちとも馴染んだかな……何でもやってみるものだ。
 帰宅するとヘトヘトとまではいかないが、疲れていた。トイレの神様は『これ以上言える事はない』と言った通り、紙を落とす事もなかった。
 梶沙都莉に気をつけろ、か───
 具体的に何をすればいいのかわからなかった。鎌田さんに相談しようにも、校内の事だったら、手伝ってもらえない。まずはそこの見極めからか、と風呂に浸かって二学期一日目は終了した。




 翌日、登校すると、生徒会選挙の立候補者のポスターが増えていた。柔道部でもないのに柔道着を着てポーズを決めてる奴、本を片手に抱えて知的な雰囲気を強調してる奴、それぞれに凝っていると言えば面白いが、必死だなと思うと滑稽だった。礼冠学園で生徒会役員だったとなれば、自分の履歴に箔がつくからだ。
 それより、問題は梶沙都莉だ。
 梶は朝、チャイムが鳴る頃まで姿を見せない。そして休み時間には教室を出て行く。トイレかな、と待ってみたがチャイムまで戻らない。二時間目、三時間目の後に梶を尾行してみたが、女子トイレに入って行ったので、離れた所で少し待った。その時は時間ギリギリまで出て来なかった。何をしてるんだろう?他の女子のように薄化粧をしているわけでも、髪を巻いてるわけでもなさそうだった。
 そもそも、梶は普段から素顔だし、長い髪を後ろで束ねてそのまま、シュシュすらつけていない。洒落っ気がないのだ。
 休み時間の度に教室を出て行く僕に、友部が「どこ行ってたんだ?」と尋ねたが、「今日は腹の調子が悪くてさ」と答えるしかなかった。
 昼休み、梶が弁当と思しき小さいトートバッグを持って教室を出て行った。後を追おうとしたが、友部に「学食行こうぜ」と引っ張られ、梶の姿を見失った。
 トイレの神様に『注意深く見ていろ』と言われてるのに……しかし僕も腹が減っていた。腹を下しているという設定の僕は、うどん並盛りを頼んで、友部と隣り合って学食のテーブルに着いた。
「なあおまえ、本当に腹下してんのか?俺には梶の後を追っかけてるように見えるんだが」
「……」
 友部の勘の良さに、僕はうどんの一本をぴゅるっと吸い込んだ。
「梶とは中等部でも同じクラスだったけど、休み時間はいつも席でボッチだったぜ?弁当も一人で食ってた。話した事ないからどんな奴かわかんないけど」
「ふうん…?」
 うどんをずるるっと啜った。コロッケ定食の友部は箸でコロッケを割りながら、
「どっか一人になれる所にいるんじゃないかな」
「そうか…」
「あ、肯定したな?」と言われ、しまったと思った。神のお告げは極秘だという事を思い出した。
「梶が気になるのか?俺はおまえの本命は天ヶ瀬だと思ってたけど」
 うどんを吹きそうになった。ごくんと飲み込んで、「な、なんで」と訊いた。
「昨日、飯綱に呼ばれて天ヶ瀬の所行って話してたろ?それでなんとなく」
 ───友部には全部お見通しのようだった。梶の件を突っ込まれるよりはいいと思って、佳純との事を話してしまえ、と思った。
「…うん。実は夏休みから付き合ってる」
「へえ、やるじゃん」
と、友部はニヤッと笑った。
「昨日は佳純から『放課後一緒に勉強しよう』って言われて…約束しただけだよ」
「佳純って呼んでるんだ。へーえ」
 ……何を言っても恥ずかしい。
「で、リアル天使はどんな感じの彼女?」
「照れ屋ですぐ顔赤くして…って何言わせるんだよ」
 佳純の口が悪いのは秘密の約束である。もう何度も顔を赤くして「バカ」と言われている事は黙っておこうと思った。
「あー、ごちそうさま」
と友部はコロッケ定食を完食し、僕に向かって箸を持つ手を合わせた。
 そこへ飯綱がやって来た。「やっぱりここだった」と言う声が冷たい。
「友部くん、ちょっと八神くん借りるね」と言って僕の腕をグイと引っ張った。「な、何」と言っても「ここじゃ言えないから」と僕を立ち上がらせ、グイグイと引っ張る。友部が「いってらっしゃーい」と笑顔で手を振った。
 食堂の入り口で立ち止まり、「佳純が八神くんのお弁当、用意してたの知らなかった?」とにらんだ。身長が僕と同じくらいなので、正面からのにらみは迫力があった。
「し、知らなかった…」
「鈍感」
 そうかもしれない。けれど僕にとっては初めての『彼女』で、弁当を作ってくれるなんて思いもしなかったのだ。
「少しでも八神くんとの時間を作りたい佳純の気持ち、わかってあげてよね。あの子、こういう事恥ずかしがって言えないんだから」
「う…うん、わかった。ありがとう、ちょっと行ってくる」
 僕は弾かれたように廊下を走り出した。階段を駆け上り、教室に飛び込むとそこは佳純の席だ。机の上のトートバッグ。その横に、バンダナで包まれた弁当があった。
「ごめん佳純、飯綱から聞いた。僕の弁当ってこれ?」とバンダナの包みを指差すと、横目でじろりと僕をにらんで、頬を染めて俯いた。頷いたらしかった。黙っているのはまた「バカ」と言いたいのを堪えてるのだろうと思われた。
「バ、バイト、休憩の時に食べるから、持ってってもいいかな」
 こくんと頷く佳純に、まだ言う事があった。
「あと、選管委員終わるまで、図書室で待ってるから」
 ハッとしたように佳純が顔を上げて、ゆっくりと花が開くように、ふんわりと笑顔になった。
「うん」と答える声が嬉しそうで、僕はかえって恥ずかしくなった。
 互いに赤面して、笑みを浮かべたまま、黙ってしまった。それを遠くから見ていたのであろうクラスメイトたちがどよめいた。
「何?おまえらいつのまに?」
 ピューピューという口笛とわあっという歓声に、僕と佳純は硬直した。
 ───こうして、リアル天使、学園のアイドルと僕は、クラス公認の仲になってしまったのだった。




 クラス公認の仲になる、という事は、瞬く間に学園中に広まるという事なのだ───と、放課後、改めて思い知った。
 佳純がまだ選管委員の仕事をしているだろうという時間に、少しでも、と梶沙都莉の姿を探していた。各棟の間の中庭や部室棟の裏まで探したが見つけられなかった。校庭のベンチにはいないみたいだな……と思っていると、サッカーボールが飛んで来た。僕は例の直感で───霊が見えるようになってからの察しの能力で───それを手で受け止めた。サッカー部の連中の呆気にとられた顔で、わざとだな、と思った。ボールを置いて蹴り返した。回転がかかったのか、不自然な軌道を描いてゴールネットに飛び込む。校庭のギャラリーからキャーと黄色い声が上がった。もしかして、トイレの神様の仕業?と思いながら、何事もなかったような顔を作って校舎に戻った。
 梶が休み時間、一人になっているのなら、放課後はもう帰っているだろう、と図書室に行った。ここでもヒソヒソと噂されているらしい。遠巻きの視線をいくつも感じた。書架から過去問の本を引っ張り出してきて、今日の復習がてら問題を解いてみよう、と机に向かった。
 一時間ほど没頭していたろうか、向かいの席に鞄が置かれた。「ごめん、遅くなって」と佳純の声。顔を上げると頬を染めた可愛らしい笑顔があった。注目を集めている事に気づいているのだろう、少し辺りを見回して、椅子に腰を下ろした。
 鞄の側に置かれたのは中学受験の参考書だった。
「佳純もこれからバイト?」
「そう。予習しておかなきゃ」
「その前に一問いい?ここなんだけど───」
 つまづいていた過去問を見せると、佳純が「これはね」と教えてくれる。家庭教師のバイトをしているだけあって、説明がわかりやすい。「ああ、そうか」と理解して、もう一度解き直そうと本を手前に引いた。その時───
「天ヶ瀬さん」と近づいて来た男がいた。僕と佳純の間に右手を突いて、「噂は本当だったんだね。驚きだよ」と皮肉な笑いを浮かべた。
 こいつも佳純と並んで学園の有名人、小山内学だ。
 空いた左手で前髪を掻き上げると───気障な仕草だ───僕を見て「ふうん」と言った。
「こんな冴えない奴より、学年一位の僕と勉強する方が天ヶ瀬さんにも良いと思うけどね」
 佳純がムッと眉根を寄せた。
「どうして僕と付き合わないのか理解に苦しむよ。…ああ、命の恩人に迫られたら断れないか。それなら、僕から断ってあげるよ。八神、おまえに天ヶ瀬さんは似合わないよ」
「違う!」と佳純が立ち上がった。
「私の方から八神くんを好きになって、付き合ってって言ったの。八神くんはそれを受け入れてくれたの。八神くんは恩を笠に着る人じゃない。あなたみたいに自惚れ屋でもないわ。何度断っても迫って来るあなたの神経の方が理解に苦しむけど?」
 きっぱりと言い切った。あの恥ずかしがりの佳純が……言葉は抑えているようだったが、本気で怒っているのがわかった。
 小山内はというと、こんな佳純を見るのは初めてだったのだろう、驚いた顔で固まっていた。
 ───これ以上、佳純に人を責めさせるわけにはいかない。
 僕も立ち上がって左手を机に突いて、斜に小山内を見てにらんだ。
「佳純は俺の彼女だ。もうちょっかい出すな」
 ほんの数秒、図書室は静まり返った。そして遠巻きに見ていた連中が「おお」とどよめいた。
「いいぞ八神」
「邪魔すんなよ。帰れ」
と、声援まで飛んで来た。
 小山内の自惚れにうんざりしていた奴が多かったのだろう。ギャラリーは僕らの味方だった。
「フ、フン」と小山内は虚勢を張った。「こんな奴より僕の方が良かったって後悔する事になると思うけどね」
 佳純が何か言い返そうとしているのを察して、僕は左手を佳純の顔の前に伸ばして止めた。
「後悔はさせない。これ以上文句があるなら佳純じゃなく俺に言え。佳純を傷つけたら許さない」
「……」
 小山内は言葉を失った様子で帰って行った。一部始終を見ていた奴らから拍手喝采を浴びた。
「ありがとう…」と言う佳純の声が震えていた。「陽一くんが止めてくれなかったら、口汚く罵ってた…」
「本当は怖かったんだろ?」
「…うん」
 僕は佳純の頭を撫でようとして、ふと周りを見た。図書室の全員が、注目していた。
 ───ええい、人の目なんて気にするな!
 佳純は僕の彼女なんだから。
 僕は佳純の頭の上に手を置いて、ポンポンと軽く叩いた。
「ありがとう。僕のために怒ってくれて」
「…うん」
と、佳純はいつものように恥ずかしげに身を縮めていた。
「あの…」
「何?」
「…さっきの…本当?」と訊く声が小さかった。
「後悔させないって…」
「ああ」と僕も声を落として、笑いかけた。
「ホント」
 佳純は両手を赤くなった頬に当てた。───漫画やドラマなら、ここでキスの一つもするんだろうけど……
 さすがにこの人の目は気になる!
 佳純の気持ちを大事にしたかった。僕はただ笑顔で頷いてみせた。