天使とチョコともう一本のビデオテープ

   ≫ PLAY


「……撮ってるの?」
 彼は苦笑してこちらから目をそらした。いつも撮影するばかりで、撮られることには慣れていないらしい。照れくさそうに俯き、指先で黒縁眼鏡をちょいと上げて「まいったな」と呟いた。


「去年、姪っ子がチョコレートを送ってくれたんだ。母親…妹だけど、一緒に作ったらしくて」
 ふっと目を細める。彼は右手の親指と人差し指で輪を作り、丸い形を示した。
「こう、アルミの型に流し込んだだけなんだけどね。上にアーモンドとか載せて。それがね、小さい指の跡がついていて」
「ふふ、可愛いじゃない」
 僕の横でキリエが言う。彼はまた照れて俯き、鼻のあたまを指先で撫でた。
「…それでね、一個一個、ドラえもんの折り紙で包んであったんだ」


「ははは」
と笑う声の方にカメラを向ける。長テーブルに座っていた彼は開いた膝の間に手を突いて背を丸めた。君はどうなのと訊ねられて、大きな目を瞬いた。横目でどこかを見て苦笑しながら、
「うーん……ふふっ。訊かないで」
 鬼門だったか。キリエが横から手を伸ばし、カメラの向きを強引に変えた。


「もてない奴に訊いても無駄ですよ」
「そうそう。だからこいつにも訊く必要ないです」
 長テーブルの端の席に向かい合って座る二人が言った。
「おまえはいいよ。確実に一個は貰えるもんな。去年、俺にも義理でくれたけど」
「その義理チョコとまったく同じ物を貰った僕の立場はどうなるんでしょうか」


「義理チョコばっかりたくさん貰ってもなあ」
と、窓枠に寄り掛かって立つ彼は黒縁眼鏡の彼と頷き合った。
「仕事柄、結構貰うんだけど、何かもうめんどくせえし」
 言葉の重みが違う、と皆が笑う。
「昔は結構期待したもんだったけどな」
「いつの話ですか」
「中学とか高校とか。野郎ばっかりの専門校で貰っても嬉しくねえッ!」
 全員が聞かなかったことにした。






   ■




← index || next →