刃物のような生き方だと君が言った。
それは自分に正直に生きることのリスクだと僕は思った。
夏が一際長く感じられるようになったこの頃では、それも悪くないと思う。刃物のようにひんやりと冷めた眼差しで、君と僕との距離を置く。近づいたら傷つけてしまうから、少し離れて沈黙する。
そんな愛もある。
蝶が花にとまるように、僕はすぐに君の無邪気さに引き寄せられた。けれど僕は天の邪鬼だったから、僕も無邪気なふりをしていつも笑ってみせた。君の笑顔を見る度に、僕は嘘を重ねていた。
もし君を好きだと言ったら、僕らはもう笑ってはいられない。
愛することが幸せなことなら、この苦しみは何物なのだろう。
花はいつも同じ場所で優しさを見せているなら、蝶は気ままに飛んでこそ優しくなれるのかもしれない。
コーヒーにミルクを注いで軽くかきまぜる。白い渦を見るだけでも君は微笑んだ。それがとても可愛いと知ってそうしているなら、君は僕と同じだった。優しく嘘をついて僕を試している。けれど君の瞳は汚れなく、輝くように濡れていた。僕は度々、君が突然涙を流すのではないかと思った。君の澄んだ心に、僕のインクが染みになって汚してしまって、悲しませてしまうかと思っていた。
そんな想いを抱いたまま、僕らはいい友達の距離を保っていた。その均衡を破ったのは君だった。いつもより少し強いお酒を飲んで、君はふわふわと笑って夜道を歩く。その足取りが危うかったので、僕は君を抱き寄せる口実を得た。大丈夫と言いながら、君は目を閉じた。それがとても綺麗だったので、僕はもう、その微笑みを浮かべた唇に触れずにはいられなかった。
一瞬の接吻があまりにも短かったので、君を腕に抱いてじっとした。君も戸惑いながらじっと身動きせずにいた。僕は心の中で君に謝った。
自分はまるで刃物のようだと君が言った。
それは自分に正直に生きることのリスクだと僕は思った。
だから、僕は痛くとも血を流そうとも構わなかった。
君になら、傷つけられてもいい。
汚れなくまっすぐに生きる君になら。
もし君が僕と同じ嘘をついていたなら、なおさら愛おしかった。
夜になっても蝉が鳴き続けている。
街の喧騒も届かないここでは、真夜中の蝉時雨。
君を抱く腕を解いて、微笑みが消えた君の顔を初めて見た。
それは今にも泣きそうに潤んだ瞳で、僕の手の先から、砂のように崩れ落ちそうだった。
愛することが幸せなら、この悲しみは何物なんだ。
今、君を愛しいと思う心が激しく痛む。
そして君が同じことを感じていると気がついた。
なぜ僕らは出会ってしまったのだろう。
それは道の端に咲いた花のように、蝶のように飛び続けていた僕をさりげなく優しい心地にした。その花にとまらずにいられなかったんだ。
ずっと探していた花だったから。
どこにもとまれずに飛び続けていた羽が、もう外れそうに痛かったから。
見つめ合う距離がひどく遠くに感じた。
伸ばした手の先に君の肩があるのに、友達という均衡が破れた今となっては、僕らは花と蝶ではなく、刃物と刃物だった。
愛し合うことは傷つけ合うことでしかないのか。
だとしたら、君が今にも泣き出しそうなのも納得がいった。僕は構わないのに。愛したい、そして愛されたいだけだった。
街灯が僕らの足元から長い影を落としている。
その影に落ちそうな心地だった。
それが苦しくて悲しくて、あまりにも『愛』だった。
君が僕と同じ嘘をついていたなら……
見つめ合う距離はそのままで、僕らは言葉を失い、動けずにいた。
愛は蝶の羽をもぎ、花びらを散らした。
僕らは一緒にいる理由を失い、今初めて出会ったように、刃先を向け合った。それが愛なのだと僕は理解した。
痛みと共に再び君を抱き寄せた。
これから、ずっと僕らは痛みと悲しみを胸に、抱き合いくちづけ、傍にいよう。もう、傷つけ合ってもいい。優しい嘘で微笑みを交わそう。
そう約束しよう。